2018年11月13日(火) 10:30~ 理学館614
量子スピン液体とは基底状態で磁気秩序を示さないMott絶縁体として定義される。量子スピン液体はこれまで、高温超伝導体の母体として、あるいはトポロジカル量子計算等への応用の観点など、様々な文脈でその性質が議論されてきた。一方で、理論面の進展とは対照的に、量子スピン液体相の実現が確実視される物質系は現時点ではまだ存在しない。しかしながら、近年、パイロクロア化合物Pr2M2O7 (M=Zr, Sn, Hf)やキタエフ候補物質RuCl3, H3LiIr2O6など、有望なスピン液体候補物質が見出されるに及び、量子スピン液体不在の長い歴史が、転回点を迎えつつある。ところで、スピン液体相の存在を実験的に判定するにはどうすれば良いだろうか?スピン液体はその定義から、局所的な観測量を用いては判別できないとされる。スピン液体の理論的特徴付けに用いられるトポロジカル秩序やゲージ構造を直接観測する事は難しい。おそらく、理論と実験の仲立ちをするのは、スピン液体特有の素励起である分数励起であろう。 本講演では、スピン液体のひとつの可解模型であるKitaev模型を取り上げ、その動的応答を調べた結果を報告する。Kitaev模型は厳密解を有するものの、そのダイナミクスを解析する事は簡単ではない。本研究では、まずKitaev模型の動的応答関数の厳密な解析解を導出したので報告する。解析解は、Kitaev模型の素励起である、Majorana fermion励起とVison励起の二種類の分数励起の存在を反映した豊かな動的応答を示す。また特に、この解を用いて、不純物存在下のダイナミクスを調べたところ、Visonに由来するゼロエネルギー共鳴の存在を見出した。Visonは元々、RVB状態の素励起として提案されたものであるが、Kitaevスピン液体相においては、ある条件下で非可換エニオンとして振る舞う事が予想され、その観測が待ち望まれている。本講演では最近RuCl3で見出された、熱ホール係数の量子化との関係を含め、Kitaevスピン液体の動的応答について詳しく議論する。